Healed while heal

30代田舎在住ゲイの、普段表に出せない感情などを書き綴るブログです。

変わらずに生き残るには、変わり続けなければいけない

 連休の序盤に地元の祭りがありまして、今年は神輿担ぎというかなり重要な役目が順番で回ってきまして、平成最後ということもありますし、最近、「成功者はなぜ神社にいくのか。」という本を読んだ直後ということもあり、積極的に取り組むことができました。

 まあ、前日の夜からお祓い神事や、神輿かき一同で酒を飲んだり、当日も朝7時集合でだんじりを担ぎ、昼過ぎに神社に到着し、昼からは神輿かきを行い、夜は打ち上げ的なものとかなりのハードスケジュールでした。

 ただ、こういう地域の打ち上げ的なものには、必ずコンパニオンが来るのですが、それ目当てに騒ぐ人もいるのですが、自分は全く嬉しくもない状態で通常より高い会費を支払わされるのが嫌な気分になります。

 これが素人っぽいホストだったりしたらテンションが違うのになと思いながら、せめて一流ホステス(実物にあったことはないですが・・・)みたいに気配りができる人であれば、ちょっと尊敬心をもって接することができるのですが、昨日の人たちは気配りもできないで、(話に割り込んで邪魔をする。)のでこんな奴らになんで金を払わなアカンのやと毒づいていました。


 というわけで、今日は疲れを取るために、1日過ごしていましたが、いよいよ平成も終わるんだなと思いながらいるわけですが、退位礼正殿の儀などで天皇皇后両陛下を拝見しますと本当にいままでありがとうございました。という感謝の言葉しか思い浮かびません。

 自分の住んでいる地域は、神話とか皇室にけっこうゆかりのある地域ということもあるかもしれないですが、自分は結構、皇室のこれからの在り方とか考えてしまうところがあります。

 もちろん政治的にいろいろな意見があることも事実ですし、保守派と言われる人たちの方を支持する考えの方が強いですが、その方々が言われる明治から戦前の皇室・天皇像だけを理想とすることは、日本社会のほんの一時期のある意味特殊な時期のことですので、それには違和感を持っています。

 神武天皇以来、2000年の皇室の歴史を参考にして、もっと柔軟に考えれば、良いことだと思っています。おそらく天皇の在り方などの考えで天皇陛下と保守派と呼ばれる方の意見の齟齬があるみたいな話を聞くのですが、おそらく考えている時間軸の違いや「変わらずに生き残るには、変わり続けなければいけない。」という当事者としての覚悟があるからこそ出てきているものなのかなと思います。


 という訳でなんか飛び飛びで脈絡のない文章になってしまいましたが、平成最後にこれだけは書いておかないという訳で書いてしまいました。新しい令和の時代でもまた、よろしくお願いします。