Healed while heal

チャートが恋人の30代前半、田舎在住ゲイリーマンの、普段表に出せない感情などを書き綴るブログです。

隣の芝生は青く見える

 私は、ゲイやけど女性との結婚を目指して動いていまして、何となく気づいたこと。それは、どんな選択をとろうにも「隣の芝生は青く見える」ことはしょうがない気持ちなんやなということです。

 正直、今一人でいることが苦痛です。いや、正確には一人でいることは苦痛ではなくむしろ心地いいのですが、一人でいるとみられることが苦痛です。はっきりいって、ここに住んでいると家族がいる。結婚しているということは、どんなバカをやっても許されるくらいステータスというか免罪符だと感じています。そもそも私自身が、年上の独身者に対して、この人は何かおかしいと思ってしまう状況なんで、自分自身がそういう状態に見られてしまう状況になることへの恐怖感があります。

 まあ、以前、チキンレースということで、まとめると、周りとどんどん違っていく自分に対して、どこまで自分自身を貫けるかの勝負をしていると書きましたが、もしかしたらこの勝負、見方によれば、向かってくる車に対して、自分がよけようとしているのかもしれないです。妥協かもしれないし、新しい生き方をみつけたというかっこいい言い方で、矛を収めているのかもしれないです。

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 だからこその隣の芝生は青く見えるではありませんが、ある選択をするときに後悔とか迷いが生じるのはしょうがないですね。私も、半年前くらいに一気に話が進むかもと思ったときは「男性との関係はもうないな。もう、これで一生、この人を幸せにする覚悟を持たなあかん、自由はなくなるな。これでよかったのかな。」と思いましたし。(私は、一生かけて一人の人を守る覚悟で、それでご両親とも家族として接する覚悟でないと相手の方に失礼だと思っています。)逆にその話がつぶれた時は「また、日陰のように過ごさなあかんようになった。」と思いましたので。

 ですので、どんな選択をとろうにも迷いが出てきて当然ですので、今の生き方に対して迷いが生じたり、不安になるのは当然で、違う道を選ぼうとしても必ず、別の不安が出てくることを、今回すごく感じました。正直、不安ですよ。妥協しとるんか?とか、思うこともあります。でも不安が嫌やかと、不安のない道を探しまくっても、やっぱりそれはついてくる。だからこそ、生き方は千差万別。自分の思う道を進んでいき、不安や迷いが出てきた時は、当たり前やと思って過ごすくらいが一番いいのかなと思います。

沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを。

 沖縄戦を戦った大田實少将が、自決を前に海軍次官にどうしても伝えたかった言葉です。今日は沖縄戦終結75年。上皇陛下が日本人として忘れてはならない4つの日として上げられていた日。

 私も昨年から沖縄方向に向かって、頭を下げ、この方たちの多大な犠牲によって、今日、私たちは豊かさを享受できている。感謝するように過ごしています。

 まあ、豊かさを享受しているといっても、何を基準にするかも違いますし、心が不安だという気持ちになる方もいるかもしれないですが、自分とか周りとか全く関係がないと思われることを想うだけで、けっこう気持ちって楽になるもんです。

 私は、普段、道徳的に正しいか否かではなく、利己的かどうかで考えたりしていますが、その反動かしらないですが、こういうことはきちっとやってしまうことがあります。

 なんなのかな。沖縄が好きなのかな。昔、小学生の時くらいに新聞折り込みで旅行の広告を見るのが好きでしたが、断然、北海道より、沖縄派でしたので。とはいっても昨年にやっと初めて行けたくらい行っていなかったですが。

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 歴史的に、中世より武力は弱かったが、中国、日本と大国に挟まれながらも巧みに生き抜き、戦時中もアメリカに徹底的に破壊されながらも、戦後はアメリカ文化も吸収していく。ほんろうされながらも、たくましく生き抜いて、今はアジアに一番近い場所として、新しい道を模索している。私は人でも周りに翻弄されながらも、たくましく生き抜く。そういう人が好きなので。

 ということで話は飛びましたが、、たとえ、自分が100%理想とする生活を送ってなくても、今日はというよりこの世の地獄といわれた悲惨な状況の中でなくなった方への哀悼と、今いることに対して感謝の気持ちで日々過ごしたい。