Healed while heal

30代田舎在住ゲイの、普段表に出せない感情などを書き綴るブログです。

運命を受け入れる

 この週末は、トレードの入れれる技を増やすべく、技の検証を行いました。これまでの自分の技では、10月以降の急落やその後の上げ下げをとれないものでして、待つ日々が続いていたので、それを解消すべくの試みで、明日以降、実戦へと進みたいと思っています。

 そういえば、先週、職場に中学時代、比較的親しくさせていただいてた先生(女性)が客として相談に来られたのですが、当時は20代後半の明るいイメージだったのですが、風貌自体は当時と面影は同じなのですが、性格が20年弱経過しますと、男関係いろいろ失敗した感じの雰囲気を感じる毒っ気のある性格に驚きました。正直、当時、部活で格闘技系に入ろうとしたのですが、その先生がいるという理由で急遽球技系に変えたくらい憧れていた先生なんです。

 それで当時のことをいろいろ思い出しのですが、自分は、小中高含めてゲイとかいう言葉すら知らない本当に田舎の純情な少年という感じでしたが、それでも体育の時間など、細身の子とかを見るとなんかすごい見たい感を出していました。

 中学高校時代ですと周りが、女性のこの子が好きとかいう話になると、自分は果たして誰が好きなのかなと思い、まあ適当にこの子かなと思い、話をしたりしましたが、それ以上に感じるものは何もないという状況で、逆に別クラスに気になる男性とかがいましたが、それはあくまで友情としてのものなのかなとずっと思っていました。

 正直、自分がゲイだとはっきり自覚したのは、大学1年の春にタイに、エコツーリズムのボランティアみたいなものに、2週間いった時に、現地の20代前半くらいのタイ人に「ゲイではないのか?」的なことを言われ、その時は軽く流していたのですが、ボランティア終了後に一人旅をした時に、今までの自分の男性に対する感じ方を振り返った時に、はっきりとそうだと自覚しました。まあ、その時はこれまでマジョリティとしての自覚しかなかった自分が初めてマイノリティーの立場になるということで、自分の頭に稲妻が走った様な衝撃を覚えました。

 あれから来年の2月に14年になるということで、いろいろあったなというか、自分との対話みたいなものが増えたなという印象があります。自分はもしゲイでなかったら今ごろこの田舎で、長男なので普通に仕事をして結婚して子供を育てているという生活を間違いなく送っていたと思います。それはそれで平凡かもしれませんが、今そうすることができない立場から見ると、地縁・血縁での結びつきは、ある意味、大昔から続く人間の性的なもので、間違いない感じがするんです。

 まあ、でも、こういう普通やったらできない生き方ができるので、これはこれで悪くないなと思っています。トレードの技の改良と検証がちょっとうまくいきそうで月曜以降、実戦でどうなるかと少しだけ高揚していて少し肯定的になって、ポジティブになっているのかなと思いますが・・・まあでも人間、ポジティブにもネガティブにもなるんで、どちらも自分の感情として受け入れたいと思います。