Healed while heal

30代田舎在住ゲイの、普段表に出せない感情などを書き綴るブログです。

平らかな気持ち

 昭和の時代の自民党内の派閥争いや、総裁選に関する人間模様を見るのが好きです。野生動物そのものに権力を争うところがある一方で、人間として繊細な面も垣間見えたりして、その狭間で動く世界に、奥深さを感じます。

 その中で、田中角栄が反田中派の幹部の親が亡くなった時に、本葬まで時間が空いており、他の人の届けた花は、本葬時にはだいぶしおれていたけれど、田中角栄は、花屋にしおれたらすぐに新しいのに取り換えろ。と指示していたらしく、本葬時にはひときわその花だけが輝いており、その敵の幹部は、一気に田中角栄のファンになったという話があります。その時に田中角栄は「人間、悲しい気持ちの時は、平らかな気持ちになって、他人の話を素直に受け入れる。」というようなことを話したみたいです。

 その話と格が全然違いますが、自分もトレードで失敗した時には、悲しく基本泣くんですが、その反省している時に、他のうまくいっている人の話とか、手法が違和感なくというか、何の障壁なしに吸収するようなイメージで入りまして、その入ってきたものを加工しながら、新しい考えがひらめいたりします。(逆に順調な時は、なかなか違う考えを取り入れるということは、必要だと思っていてもできないです。)まあ、現状、負け犬の遠吠えかもしれませんが、失敗というものは、いかようにでも自分のものにできると身に染みて感じている今日このごろです。

 現状、自分は中期での読みは割合当たるのですが、短期の読みは半々くらいなんで、週から月単位で考える中期投資くらいが向いている感じです。ところが、投資手法としてはあんまり利益の増減でひやひやしたくないという想いから日単位で考える短期投資をしていました。中期をしたいのに、短期をやっているというジレンマがあることに明確に気づきまして、より自分にあった中期での手法を模索することにしました。

 まあ、これからもインプットと実践、反省の繰り返しで、手法を磨き上げていくしかないのは事実なので、ひたすらやっていくしかないですね。幸い、自分の生活圏には、クリスマスムード的なものは、ほとんど無く、季節を感じるものとしては、紅葉の木々とかになってくるんで、迷う感情に揺り動かされることはないほど、「今」の自分としては、最高の場所にいると思っているんで、「なんぼ迷っても進む道は一つ」の気持ちでやっていきます。